武士の世界

家系の遡及

旧藩士だった確認がとれた

先日来柳蔭会復活にご尽力頂いている方のご本家が、伝承通り郡山藩の上士の家であったことが歴史史料にて確認されました。今日のお昼過ぎにお電話させて頂きその旨をお知らせしておいたのですが、先ほどご帰宅になられて、先般コピーを取って頂いていた史料...
武士の世界

柳蔭会のホームページを作成

郡山藩柳澤氏に仕えた武士達が明治に組織した「柳蔭会」(りゅういんかい)は、戦後自然消滅になってしましました。 父より何度かその話を聞いていましたので、この10年少し前より、何とか復活出来ないものかと、柳澤神社の宮司さんや私の菩提寺住職、檀...
奈良

11月2日(金)大和郡山城址に鎮座する柳澤神社例大祭に参列

前夜の冷え込みが嘘のような温かい日差しのなか、大和郡山城址に鎮座されている柳澤神社の例大祭が催されましたので、旧藩士後胤の代表として参列させて頂きました。昨年は体調を崩して参列できませんでしたが、今年は体調も回復し、御祭神にお参りできたこと...
奈良

秋の彼岸会法要

つい先日夏の施餓鬼法要にお参りしたと思っていたが、今日はもう秋のお彼岸法要に参加してきた。年3回の法要にお参りさせて頂くことは誠に有難い。江戸期に兄弟であった方のご子孫や、勘定奉行をされていた方のご子孫とも、毎度であるがご挨拶をさせて頂いて...
中世史

丹波国桑田・船井両郡一揆衆

丹波国桑田郡・船井郡には以前少し触れたが「弓射連中」という組織があり、その連中の後胤には結構豊富な中世史料が現存している。 江戸初期に書かれた「弓射連中」の由緒は過去の記事を見て頂きたいが、今回はこの連中の前身になる「丹波国桑田・船井両郡一...
奈良

幕末の大和郡山城再建について

昨日久しぶりに郡山城址にある柳澤文庫へ行ってきた。丁度幕末に郡山城が焼失したあと再建した在地の史料が何点か発掘され、既存のものと一緒に展示してあった。 日曜日ということもあって理事さんと学芸員さんもおられたので、事務室でついつい話し込んでし...
中世史

室町幕府奉行人の署名方法

極々偶にであるが、ネットに書かれている歴史関係のご質問にお答えすることがある。 ここ2~3年は殆ど書かなくなったが、10年ほど前は時々書いていた。 その中で、源平藤橘などの姓・朝臣と書いてあるものについてのご質問があったので、お答えしたこと...
丹波

江戸中期の保津川下り(丹波亀山藩家老 松平新祐と皆川淇園)

国鉄山陰線の複線化工事により、嵯峨と馬堀(亀岡市)の間に新たなトンネルが掘られ、旧線が廃止になることとなったが、風光明媚な保津川沿いの線路を何とか残せないものだろうかと多くの方々が奔走された結果、嵯峨トロッコ鉄道をつくって旧線上を運行するこ...
中世史

源頼政・山本義経と丹波篠村庄・五箇荘庄・山本庄

京都から丹波へ、大枝山(現在の老の阪)を越えて口丹波(くちたんば)へ入り、丹波盆地へ入ったところが、篠村庄・五箇荘庄になる。平安期には藤原氏の国司が支配したようで、今昔物語にも篠村庄の不思議な茸の話が出ている。 その後平安...
丹波

戊辰戦争と丹波

幕末の動乱はその勢いを止めることは無く、薩州・長州の先方は伏見城を守る幕府へと突き進んでいった。正月だというのに彼ら何故新年を寿ぐことをしなかったのだろう。 兵庫沖に停泊した幕府の艦船が2日の夕方に薩摩の艦船を砲撃したことが端緒だった。 し...